京都で新しく発掘された御土居を見に行ってみました(京都市北区)

今回の「京都案内」は11/10に発表された京都の新しく見つかった御土居を見にいきました。場所は京都市北区で「京都市楽只市営住宅」の新設棟の工事で発見されました。現在、御土居の発掘調査が行われており他の御土居よりも防御性が高く造りが違うとも言われています。

京都市埋蔵文化財研究所の見解では軍事的意味合いが強い御土居と見解を出していましたが、うちの困ったちゃん温泉担当が異論を述べていました。

そして、今回の御土居は従来あったとされる場所より東側に凹んだ位置にあることもポイントでしょう。

京都で新しく発掘された御土居を見に行ってみました(京都市北区)


京都市北区で新しく発掘された御土居(2016年11月11日11時撮影)

京都市北区で新しく発掘された御土居(2016年11月11日11時撮影)

京都市北区で新しく「御土居」堀跡が出土したので見に行きました。

「京都市楽只市営住宅新5棟新築工事」現場から出土した御土居です。(完成予定は平成30年12月)

ここは5年以上前から駐車場で、その後使われていたかどうか不明ですが、ほぼ空き地だったところです。

発掘調査中の案内があり調査員・・・というか工事関係者がいるだけでした

発掘調査中の案内があり調査員・・・というか工事関係者がいるだけでした

御土居の形状、土塁と堀があります

御土居の形状、土塁と堀があります

京都市埋蔵文化財研究所が11/10に公表したデータは「深さ4.5メートル、高さ9メートル」で掘と堀を掘った際に出た土を使った土塁跡とのことです。

ただ、実際には高さ9メートルあるようには見えません。

これは上半分くらいは昭和初期の造成で、このあたりではいちはやく削られたからです。

これが新しく見つかった御土居跡です

これが新しく見つかった御土居跡です

新しく見つかったという御土居堀跡には、御土居らしい高台とその下部には堀のような跡が見えていました。

深さ4.5メートルというのはこの写真の箇所でしょう。

御土居全景

御土居全景

高さ9メートルというのはこの右にある高台のことでしょうか?

南側(写真右)がやや高くなっています。

これは工事で掘った土を盛ってあるだけです

これは工事で掘った土を盛ってあるだけです

いえ違います。

これは工事で掘った土を盛ってあるだけです。

もともと、この場所は造成で平らだったのです。

しかし、今回の発見で御土居の高さが理解しやすいように、ここにわざわざ土を盛ったとのことです。ということで、御土居の高さはこの程度あったということになります。

反対側の高い方から見た風景

反対側の高い方から見た風景

先ほどの場所から東は少し高台になっており「京都市楽只市営住宅」があります。

御土居らしき場所にはいくつか穴が開いているようですが、これはお墓でお皿などが出てきているそうです。

朱色の古い球形の穴が2つ

朱色の古い球形の穴が2つ

朱色の古い球形の穴があいているのがわかります。

ただし一般人がこれを見て「御土居」だとはとうてい思わないでしょう。

場所は「北区紫野花ノ坊町」というところで、2016年11月11日11時頃に見に行ったところ、発掘作業などをしていませんでしたが、関係者と思われる方々がいました。

京都府京都市北区紫野花ノ坊町31

御土居は紙屋川に沿っておらずクランク形状なのが今回のポイント


北に500メートル行くと御土居公園があります

北に500メートル行くと御土居公園があります

では、この御土居の全体像はどうなっているのでしょう?

地図で今回の発掘現場(地図下部)御土居公園(地図上部)を見ると、20メートルほど東に入り込んだ位置になっているのがわかります。

本来ならオレンジのラインでよさそうなものですが・・・・

本来ならオレンジのラインでよさそうなものですが・・・・

うちの温泉担当が言うには、今回の発掘でポイントとなるのは、まさにこのクランク形状です。

なぜなら紙屋川の東側は高台になっており、その高台を利用して御土居は造られているからです。

御土居はこれまで千本口(長坂口)からまっすぐ南にあったとされていました

御土居はこれまで千本口(長坂口)からまっすぐ南にあったとされていました

今回の発掘で分かる御土居のライン(青色)

今回の発掘で分かる御土居のライン(青色)

しかし、今回の発掘で分かることは御土居があったと思われていたラインよりも東に20メートルほどクランク形状になっているのです。

撮影時には近所の歴史大好きなご年輩の方と、うちの歴史関連記事を書いている温泉担当がいたのですが、この二人が一番気にしていたのが、このクランク形状です。

上の地図の青いライン一番下のポイントに「紙屋公園」があるのですが、そこも北の「御土居公園」と同じで高台の傾斜がある場所で、そこも御土居だと言われており、本来ならまっすぐでもよさそうなものです。

では、なぜここだけクランク形状になっているのでしょうか?

御土居は紙屋川沿いから少しクランク形状になっていた?


紙屋川沿いに御土居があったと思われていましたが・・・・

紙屋川沿いに御土居があったと思われていましたが・・・・

従来、紙屋川沿いに御土居があったと思われていましたが、今回の御土居跡が出てきた場所は東に20メートルほど入った位置になっています。

11/10の産経新聞が報じたところでは「軍事用の巨大土塁か 秀吉築造の「御土居」京都で出土」とタイトルがついており、京都市埋蔵文化財研究所の話として「今回出土した御土居は、ほかの場所より手間をかけ、防御性をより高めた構造になっている」「軍事的意味合いが大きかった」としています。

・京都の防御壁説
・川の氾濫のための防災壁
・洛中の範囲を示すもの

しかし、温泉担当とその場にいた近所の歴史好きなご年輩の方は異論を唱えていました。

御土居がこの箇所だけ東に寄っているのは地形的な問題だというのです。

というのも、この場所は河岸段丘がちょうど途切れている場所で、昔はここから紙屋川に降りることができるほど河原が近かった場所だからです。

そのため「今回見つかった御土居は防御性が高いというよりも防災性を高くした結果ではないか?」と言うのです。

川の氾濫のための防災壁としての御土居


京都の街道口があった場所

京都の街道口があった場所

温泉担当が作成した京都の街道口(出入口)です。

見づらいのはご了承ください。

位置関係ははっきりと史料が残っていないので地名など分かる範囲での位置です。

これがおよその御土居の範囲だと言われています。

つまり御土居とは京都(洛中)を囲む防御壁であったというのは間違いない話でしょう。

千本口(長坂口)の御土居図

千本口(長坂口)の御土居図

玄琢下の御土居図

玄琢下の御土居図

しかし、御土居の史跡にある案内板などを見ると、二条口の上にあった「嵯峨口」から「千本口」までは出入り口はなかったことになっています。

ちょうど紙屋川の南にある北野天満宮から円町までの西大路通沿いには出入り口がなかったということです。(紙屋川は北野天満宮付近で天神川となる)

紙屋川の砂防ダム、紙屋川は砂地で御土居側には河岸段丘がある

紙屋川の砂防ダム、紙屋川は砂地で御土居側には河岸段丘がある

実はこの出入り口のない「紙屋川」ですが、平安時代には広大な扇状地でした。

ここらあたりは元々(今でも)水害の多い地域ですが、紙屋川のすぐ西は鏡石通という江戸時代の観光スポットとすぐ鷹峯の山が連なって古道があるだけです。

温泉担当はこれを理由に「嵯峨口」から「千本口」までは出入り口がなかったのは「必要がなかった」からと主張するわけです。

出入り口が必要ではないほどの立地に軍事的意味合いがあるでしょうか?

であれば、今回の発掘場所の御土居の強度も軍事的意味合いよりも他に理由があったと考える方が妥当ではないかというのです。

では、なぜ産経新聞に掲載されたように、今回見つかった御土居は他よりも強度があり防御性に優れていたのでしょうか?

実は、今回発掘された場所は紙屋川との間にあった河岸段丘がちょうど途切れる位置にあるのです。

上のストリートビューでは、発掘場所から紙屋川までなだらかな坂道です。

地元の方だと分かると思いますが、紙屋川から佛教大学方面へ抜ける道で車などで通りやすい道は唯一ここだけなのです。

距離にしてわずか100メートルです。

そして、紙屋川は今回の発掘場所の方に(東に)曲がっているのです。

温泉担当は、ここはすぐ河川敷だったと考えており、今回の発掘場所は紙屋川の扇状地にずいぶんと近かったのではないかと推理した上で「軍事性よりも防水性が優先されたのではないか」と推測するわけです。

補足:上の赤い線は今でも残る「紙屋川から佛教大学方面へ抜ける道」で、赤い線の右端が今回「御土居」が見つかった箇所で、紙屋川がここまで近かったのであれば「軍事面」よりも「防水性」が優先されたと考えられるかもしれません。なお、御土居は北に向かっているので、緩やかにクランクしていたようです。

周辺の御土居スポット


周辺の御土居スポット

周辺の御土居スポット

さて、京都の御土居ですが軍事的意味合いも当然あったと思われます。

しかし、今回の発掘現場の御土居が他よりも強度があると思われるのは、紙屋川に近いことから防災性を高めた結果だろうというのが、今回の我々の結論です。

もちろん、諸説あると思いますし、それが分かるのは今後の研究の結果であることは書いておきたいと思います。

ちなみに、11/12に近所向けの発掘現場説明会があるので、それに行くかもしれません。

最後に、ここで位置関係が分かるように周辺の御土居スポットをまとめておきます。

玄琢下の御土居

玄琢下の御土居

御土居(千本口=長坂口) ここから東の玄琢下に向かいます

御土居(千本口=長坂口) ここから東の玄琢下に向かいます

御土居公園、千本口(長坂口)の南にある今回の発掘場所の北500メートルの所

御土居公園、千本口(長坂口)の南にある今回の発掘場所の北500メートルの所

紙屋川公園の高台

紙屋川公園の高台

紙屋川公園は紙屋川沿いにあります

紙屋川公園は紙屋川沿いにあります

この記事にはつづきがあります。


2016年11月12日に京都市埋蔵文化研究所が開催した京都で新しく見つかった御土居の現地説明会に参加してきました。他で発掘された御土居よりも状態が良く「犬走」「石詰暗渠」なども見つかっています。



京都・お墨付き

京都の穴場案内 「京いってみた」 や「京都秘境ハンター」。京都の知られざる名所を開拓し、それを参考に観光開発や起業が行いやすくすることが目的です。地元経済への貢献も目標となっています。起業家や行政担当者の方は、ぜひ参考にしてください。



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京都関連の記事を書いているライターは飲食新店調査やグルメ実食レビューに定評のあるライター「ノーディレイ(@nodelayworks)」により書かれています。1970年東京生まれ東京育ち・早稲田卒・学生時代から食べ歩きをしつつ上場企業などで新規事業開発課長・システムエンジニアを20年経験して早期退職。京都で第二の人生を送ることを決意して移住。記事にした新店情報は1600件以上あり、テレビ番組のディレクターやグルメ雑誌の編集者に注目されているリサーチャーです。カテゴリー「京都ラーメン速報」や「京都ラーメンマップ」が京都ラーメンマニアから注目されています。このブログに掲載した「新店情報」は大手グルメ情報サイトの新店リストにそのまま転載されたりもしています。他のローカルグルメブログからも注目されており、京都の新店情報を一番速く提供しています。お問い合わせ方法はこちらのページを参照してください。


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テレビ関連の記事を書いているライターは全国のフードを食べ歩く旅人「まこちゃん」により書かれています。1965年東京生まれ千葉育ち・千葉県の大学卒。通称「編集」として記事に登場しています。社会人になってから京都に在住し、休みの日には近畿地方をメインに食べ歩く毎日。京都に来て、東京との経済格差に驚き「地方をなんとかしたい」と強く感じてブログを始める。テレビ大好きっ子なのでカテゴリー「テレビで話題のグルメ・名物」の執筆を担当。その他にも当ブログの人気コンテンツ「京都秘境ハンター」の大部分を執筆しています。このブログの発起人だが、2016年に京都の情報を独自に入手していたノーディレイをブログにスカウト。現在の代表はノーディレイになっている。