今回の「京都案内」は京都府八幡市にある飛行機の神社「飛行神社」に行ってきました。ここには「ジュラルミン鳥居」に自衛隊の主力戦闘機だった「F-104J(栄光)」のエンジンや、大阪湾から引き揚げられた「零式艦上戦闘機の機首部」(ゼロ戦)もある見ごたえのある神社です。
ちょっと遠いですが、天気の良い日に八幡市まで行って実際に「飛行神社」に参拝してきましたので紹介します。
京都「飛行神社」に行ってきました
今回の「京都案内」は八幡市にある「飛行神社」を見に行ってきました。
実は京都でゼロ戦が見たいというのが理由なのですが、かつて嵐山に展示されていた「ゼロ戦」は今は和歌山にあります。
さすがに、そんな遠くには行けないので、京都でゼロ戦が見られるうちのひとつ「飛行神社」に行ってきたというわけです。
ジュラルミン鳥居のある「飛行神社」
ということで、京都市内から八幡市まで結構遠いのですが、石清水八幡宮のすぐ近くにある「飛行神社」までやってきました。
1915年(大正4年)に鎮座された神社で、『日本書紀』に出てくる「饒速日命(にぎはやひのみこと)」を古代の飛行神として祀っている神社です。
シンボルの「ジュラルミン鳥居」がものすごく目立つ神社です。
この「飛行神社」は、1891年(明治24年)に、世界初のゴム動力プロペラ式飛行機の飛翔実験に成功したという二宮忠八が建てた神社です。
ということもあって、いきなり「F-104J(栄光、航空自衛隊)のエンジン」が展示されています。
飛行神社には飛行機のエンジンが鎮座している
F-104J(栄光)は、航空自衛隊の主力戦闘機だったもので、そのエンジンが鳥居より先に神社の入口に鎮座しています。
平たく言えば「ジェットエンジン」です。
5メートルほどの大きさで、いきなり度肝をぬかれます。
飛行神社の手水舎も飛行機のシルエット
さて、神社に入ると「手水舎」があるのですが、それにも二宮忠八が開発したゴム動力プロペラ式飛行機のシルエットが彫られていました。
といっても模型の飛行機で「カラス型飛行器」と呼ばれるものです。
その後、二宮忠八は人が乗れる「玉虫型飛行器」を開発するために尽力するのですが、完成前の1903年(明治36年)にアメリカでライト兄弟が飛行に成功してしまうのです。
この無念の後、二宮忠八は自ら神職となって飛行機による犠牲者の霊を鎮めるための神社を作ることになります。
それが「飛行神社」です。
飛行神社にある零式艦上戦闘機の機首部
この飛行神社の境内は狭いのですが、零式艦上戦闘機の機首部もみられたり、中には資料館もあるなど設備は充実しています。
これは昭和58年に大阪湾で魚の網にひっかかって引き上げられたという「零式艦上戦闘機の機首部」です。
長い間海中にあったもので、プロペラも曲がってはいますが、実物のゼロ戦の機首部です。
なかなか実物を見る機会がないので貴重な体験です。
これは触りづらい位置にありますが、目の前で触れるプロペラもあったりします。
二宮忠八 ライト兄弟より先に飛行機を発明した日本人
本殿の隣には「二宮忠八資料館」もあって、入館料300円で二宮忠八の残した資料や最近の飛行機のプラモデル(大量)を見ることもできます。
中は撮影禁止なので写真はありませんが、設計図とか絵に大量のプラモデルなどが展示されていました。
二宮忠八は、ライト兄弟より先に飛行機を発明した日本人とされる日本人です。
旧陸軍時代に、ゴム動力の「飛行器」(模型飛行機)を軍用に使うことを提案したのですが実現せずに終わっています。
結局、人を飛ばす飛行機の開発までには至らずに、ライト兄弟に先を越されてしまった日本人です。
そのため、結構忘れられた人になっているのですが、実際にゴム動力の飛行器もフランスで発明されたのが先であり、飛行機の発明者としての地位の確立は難しいといえます。
飛行神社 への行き方
さて、この「飛行神社」ですが、京阪本線「八幡市駅」から徒歩5分くらいのところにある神社です。
「石清水八幡宮」へのケーブルカーがある駅ですが、外にでて大谷川を渡って少し歩くと神社があります。
駐車場もあるので車でも行くことは可能です。
飛行機好きなら一度は行ってみても良い神社でしょう。
京都府八幡市八幡土井44
資料館:9時~16時(300円)
URL:http://hikoujinjya.kyoto.jp/