今回の京都案内は「京都にある縁切りの井戸」に行ってきました。下京区のとある路地裏にひっそりと存在する井戸の水を縁切りしたい相手に飲ませると願いがかなうというのです。その井戸とは「鉄輪の井戸(かなわのいど)」と言います。
では「鉄輪の井戸」はどこにあるどのような井戸なのでしょうか?
京都には縁切りの井戸がある
今回の「京都案内」は、また井戸です。
それも、そんじょそこらの井戸ではありません。
縁切りの井戸です。
親などの家族でもよし、付き合いの長い恋人でもよし、ちょっと飽きてきた伴侶でもよし!
ちょっとウザいフォロワーでもよし!(笑)
その水を飲ませると縁が切れるといわれている・・・・・
縁切りの井戸です!
それは下京区(しもぎょうく)の鍛治屋町のトンデモナイところにある「命婦稲荷」にあるらしいのです。
ということで、さっそく俗世を捨てた温泉担当が京都にあるという縁切りの井戸「鉄輪の井戸」まで行ってまいりましたので紹介したいと思います。
京都の闇「鉄輪の井戸」はまさかの場所にあった・・・・
ということで、下京区鍛治屋町にやってきました。
場所は、地下鉄烏丸線「五条駅」から徒歩5分ほどの所ですが「高倉通」と「柳馬場通」の間を通る「堺町通」沿いです。
「堺町通」は南北に通る道ですが「仏光寺通」と「高辻通」の間で分断されており、その分断された部分のすぐ南に「鉄輪の井戸」はあります。
※場所は後述
私有地にある「鉄輪の井戸」
実は「鉄輪の井戸」は、この個人宅(私有地)にあるのです。
あまりにも入りづらいというか、うっかりさっぱり気が付かない場所にあるのが「鉄輪の井戸」なのです。
でも大丈夫!
ちゃんと「鉄輪の井戸」はこちらと書かれていました。
入口のすぐ脇にも「鉄輪跡」と書かれた石柱があるので間違いありません(2017年3月時点では隣が工事中なので今はビニールに覆われて保護されていました)
隣りには3軒ほどの個人宅の表札が掲げられていますので、ここから先はあくまでも私有地です。
なので、静かにお邪魔する必要があります。
縁切りの井戸「鉄輪の井戸」に到着!
細い路地を入って10メートルくらい歩くと赤い鳥居がありました。
鳥居には「命婦稲荷」と書かれています。
この中に「鉄輪の井戸」があります。
「鉄輪の井戸」は「かなわのいど」と読みます。
場所としては「命婦稲荷(みょうぶいなり)」の場所なのですが、そこに隣接する「鉄輪社(かなわしゃ)」の隣にある井戸が「鉄輪の井戸(かなわのいど)」です。
遂にたどり着きました・・・・。
さっそく水を・・・・
ん?!
この井戸は古くからある古い井戸で、今は使われていない(枯れている)のです。
そのため、お水を汲んで持ち帰るということはできないようになっていました。
まことに残念です。
反対側には「手打ち水」が一応あるのですが、これはこれで別のものです。
貼紙には「この水を持ち帰ったり飲んだりしないでください」と書かれており、縁切りの水の入手はできませんでした。
縁切りの井戸「鉄輪の井戸」とは?
元々からこの場所には井戸が存在しており、「鉄輪の井戸」がここでは一番古くからあるものです。
江戸時代には「縁切り井戸」として有名だったそうです。(伝承は平安時代からあったそうです)
ただし、元々は木で作られていた井戸で、現在の石のものは昭和10年に作られたものです。
「鉄輪の井戸」の「鉄輪(かなわ)」というのは、本来は鍋などを吊るす鉄輪のことですが・・・・
ここでいう鉄輪というのは「丑の刻参り」で頭に蝋燭を付ける時にも用いられたものです。
正徳元年(1711年)の『山州名跡志』という寺社仏閣や名所の由来・縁起を記録した書物に「鉄輪井(かなわい)」の記述があり、ここに住んでいた嫉妬深い女が白装束姿で頭に蝋燭を灯した鉄輪を付けて、丑の刻(午前二時ころ)に藁人形に五寸釘を打ったとされています。
この女性はこの地で果てるのですが、それを哀れんだ地元の方が、女性が被っていた「鉄輪(かなわ)」と共に塚をつくって霊を鎮めたというのが「鉄輪の井戸」の由来です。
命婦稲荷(みょうぶいなり)とは?
「命婦稲荷(みょうぶいなり)」は寛文八年(1688年)に伏見稲荷から勧請(かんじょう)されたもので、後から持ってきたものです。
勧請理由は「縁切伝承はたいへんよろしくない」というものでした。
そのため、縁結びの神を勧請して後から祀ったというわけです。
なお、現在の「命婦稲荷(みょうぶいなり)」は、元治元年(1864年)に焼失したものを昭和10年(1935年)に再建したものです。
鉄輪社(かなわしゃ)とは?
命婦稲荷と井戸の間にあるのが「鉄輪社(かなわしゃ)」ですが、これは昭和10年(1935年)に「命婦稲荷(みょうぶいなり)」を再建した際に石碑が発見されて、それを御神体にして作られた社です。
ということで「鉄輪社(かなわしゃ)」が、この中では一番新しいということになりますね。
鉄輪の井戸 への行き方&まとめ
・読みは「かなわのいど」
・京都市下京区鍛冶屋町に実在する
・井戸の水を飲ませた相手とは縁が切れると伝説がある
・鉄輪は丑の刻参りで頭に蝋燭を付けるのに使ったもの
・ここに住んでいた嫉妬深い女が丑の刻参りをしていた
・この場所で女は息絶えたがそれを哀れんだ人々が「鉄輪塚」を井戸の場所に設けた
・江戸時代には「縁切りの井戸」として有名だった
・縁切りとかよくないよねということで1688年に縁結びの神を勧請した
・それが「命婦稲荷(みょうぶいなり)」で、幕末の1864年に焼失
・井戸は木製だったが昭和10年に石の井戸に改修されたもの
・その際に見つかった石碑を祀るために「鉄輪社」が設置された
ということで「縁切りの水」は入手できませんでしたが、今でもここにペットボトルの水を持ってきてお参りして持って帰る方々がいるそうです。
この水を飲ませると、飲ませた相手と縁が切れるとかなんとか・・・・
温泉担当が、ここに「BOSSの缶コーヒー」を供えてからお参りして持ち帰ってありますので、後でみんなで飲もうかとか盛り上がっています。
それはともかくとして・・・・
「鉄輪の井戸」に行く場合は、地下鉄の五条駅から「ディーズファッション専門学校」の建物を目指して歩き、その手前にある個人宅へと続く細い路地に入る必要があります。
大変わかりづらいので、地図を参照してください。
京都府京都市下京区鍛冶屋町254
※個人宅内なのでお静かにお願いします