今回の「京都秘境ハンター」は、京都・太秦にある「蛇塚古墳(へびつかこふん)」の中に入ってきました。この「蛇塚古墳」は7世紀頃の古墳で外から見ると小さいのですが「京都府最大の横穴式石室」を持つという巨大古墳なのです。また「玄室の広さは全国4番目の規模」でもあります。
今回は実際に中に入ってきましたよ!
京都秘境ハンター
今回の「京都秘境ハンター」は、町中のなんとなく秘境にある前方後円墳「蛇塚古墳(へびつかこふん)」に入ってきましたので紹介します。
この「蛇塚古墳」は京都府最大の横穴式石室であり、全国でも4番目の規模を誇る玄室の広さを誇る古墳です。
・7世紀頃の古墳
・京都府最大の横穴式石室
・玄室の広さは全国4番目の規模
・石室内に蛇が住んでいたので「蛇塚」と呼ばれる
蛇塚古墳の中に入る方法
この「蛇塚古墳」は普段は柵に囲まれており、入口は施錠されています。
しかし、そこはそれ。
温泉担当が保存会の方に話して、入口を開けてもらったのです。
温泉担当 「あけてん(*⁰▿⁰*)」
保存会 「ええよん(╹ヮ╹)∕ℐ」
※若干、脚色されています。
平たくいうと、古墳を囲むようにある民家の何軒かが保存会の方々の家で、京都市から管理を任されているのです。だから、言えば開けてもらえるという話なのです。
京都最大の横穴石室に入ってきた
蛇塚古墳の入口はちょっと低い位置にあって、かがんで入らないといけません。
外からみると、中は暗く見え、まるで異世界への入口のような雰囲気です。
しかし、中に入ると・・・・
とんでもない風景が広がっていたのです!
さすが京都府最大の「横穴式石室」であり「玄室の広さは全国4番目の規模」というだけあって、かなりの広さがあります。
写真の真正面が入口ですが、横幅も広く、天井も高いので立って歩くことができる広さです。
玄室も我々の家より広く、この規模だと地域の首長だった人物の古墳だとされています。
玄室は巨大な石でつくられており、ひとつの石が身長と同じくらいの高さがあります。
この石が3層ほど積みあがっており、周囲を土盛りしながら石を運ぶにしても相当な労働力をもってして構築されたものであることが見ればわかります。
古くから現世と冥界は厳密な区別がなされており、こういった古墳も巨大で強固な石で囲むことで周囲と厳密な区別がされていたのでしょう。
真上にも巨大な石がありますが、まったく崩れてきそうにはありません。
もちろん、現代技術により補強がされているわけですが、それでも当時の技術には驚くばかりです。
この太秦は渡来系の秦氏(はたうじ)がいたエリアで、当時最高の技能を持っていた集団です。
京都の町を発展させる礎となった一族で、相当な権力も持っていたことが古墳を見るだけでも分かります。
ちなみに、今回の場所は「前方後円墳」の「後円」の部分です。
要するに、玄室の部分だけが現在は残っており、元々は古墳だった場所に民家が建っているのです。
上の写真はちょっと日陰ができてますが、1985年頃の写真です。
それを見ると、前方後円墳の形に沿って民家になっていることがわかります。
現在でも、家の建ち方は同じで航空写真でも分かるようになっています。
蛇塚古墳への行き方
ということで、今回は京都・太秦にある「蛇塚古墳」の中に入ってきました。
場所は「京都市右京区太秦面影町」という所なのですが、やや行きづらい場所にあります。
一番わかりやすいルートは帷子ノ辻駅から「大映通り商店街」に入って、すぐに南下していくルートだと思います。
外から見るだけだと一瞬で見終わりますが、中に入れれば大きさも実感できて良い勉強にもなりますよ。
京都府京都市右京区太秦面影町