今回の「京都案内」は古墳のフタで作られた安堵の塔(ルルゲさん)を嵯峨まで見に行きました。日蓮宗の題目石のことで、1314年頃に日蓮宗の龍花樹院日像聖人が置いたものです。車折神社で布教していたら他宗徒に追いかけられて、それから逃げ切った記念に作られたと言われています。
なんか興味深い経緯ですよね。
京都・嵯峨「古墳の蓋」を見に行く
今回の「京都案内」は、京都市右京区嵯峨にある「古墳」の・・・・
蓋(ふた)
を見に行きました。
見た目は普通の石碑に見えますが、これは日蓮宗の「題目石」と呼ばれるもので、もともとは古墳のフタだったものです。
安堵の塔(ルルゲさん)
場所は丸太町通にある「ケーヨーデイツー嵯峨店」さんの裏くらいで、そこにある元商店の建物の脇にポツンと立っている石碑です。
史跡「安堵の塔」と呼ばれるものですが「ルルゲさん」という名で親しまれています。
この石自体は「題目石(題目板碑)」と呼ばれるものですが、題目(だいもく)が書かれた石のことで、平たくいうと「南無妙法蓮華経」と刻んだ石塔(石碑)のことをそう呼んでいます。
日蓮宗では「南無妙法蓮華経」と唱えることで成仏するとされており(功徳による)、「南無妙法蓮華経」と書かれていれば日蓮宗です。
この「題目石」にも「南無妙法蓮華経」と書かれているのを見ることができます。
こういった「題目石」は3種類あるとされ、「南無妙法蓮華経」と書かれているものは「一遍主題」と呼ばれるものです。
・一遍主題(南無妙法蓮華経とのみ書かれる)
・主題両尊(題目の両脇に「多宝如来」と「釈迦牟尼仏」が配される)
・曼荼羅形式
では、この「題目石」はなぜここにあり、最初に書いた「古墳のフタだった」というのはどういう経緯なのでしょうか。
安堵の塔(ルルゲさん)は古墳のフタだった
日蓮宗は1253年に開宗されていますが、この「題目石」は1314年頃に日蓮宗の龍花樹院日像聖人が置いたものです。
最も古いとされる最古の題目石は、東京の池上本門寺にある1290年のものです。
「安堵の塔(ルルゲさん)」さんも相当古いものであると言えるでしょう。
ここに置かれた理由は、1314年に龍花樹院日像聖人が近くの車折神社で布教をしていたところ、他宗徒に追いかけられて、逃げこんだ場所が車折神社の北にある「兜塚古墳(甲塚古墳)」だったからです。
古墳の中に逃げ込んだところ、追いかけてきた宗徒をまくことが出来たので、それを感謝して古墳の蓋(ふた)に「題目」を刻んだことから始まりました。
そのため、厄災払いの功徳があるとされています。
安堵の塔(ルルゲさん)の場所
安堵の塔(ルルゲさん)の場所ですが、嵯峨甲塚町というところにあります。
車折神社から北に歩くと「山下植樹園」さんというのがあるのですが、その敷地内に「甲塚古墳」というのが現存しています(非公開)。
もともとはその古墳のフタだったと言われている題目石は、その北側の川のほとりに今でも残っています。