童謡「とおりゃんせ」の道はどこにあるのか?【京都秘境ハンター】

今回の「京都秘境ハンター」は、もっともっと身近な場所の話です。その場所とは「北野天満宮」で、そこに「怖い童謡の道」があるらしいのです。童謡とは「通りゃんせ(とおりゃんせ)」のことで、今回は「行きはよいよい 帰りはこわい」の意味を解き明かしに行きました。

5月も元気に「京都秘境ハンター」始まります!

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京都秘境ハンター


京都の「北野天満宮」に怖い童謡の道があるらしい

京都の「北野天満宮」に怖い童謡の道があるらしい

暖かくなると動きだすのが虫と「京都秘境ハンター」ですが、ここ5月に入ってからは真夏日なんかもあったりして途端に動きが鈍くなっていました。

しかし、暑くなると我々の中で盛り上がるネタが・・・・

怪談ネタ」です。

今回も、京都市内の身近な場所に「怪談」ネタがないものかと話していたところ、うちの困ったちゃん温泉担当が重い口を微かに動かして、こんなことを言い出したのです。

温泉担当 「き、キキッ!北野天満宮に怖い童謡の道があるらしいんだな!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶」

怖い童謡の道?

はて?それはどこのことなのでしょうか?

「京都秘境ハンター」始まります!

童謡「とおりゃんせ」と京都の北野天満宮


都市伝説なんかで話題になる有名な童謡「通りゃんせ」

都市伝説なんかで話題になる有名な童謡「通りゃんせ」

温泉担当によれば、京都の北野天満宮と関係のある「怖い童謡」というのは有名な「通りゃんせ(とおりゃんせ)」のことだと言います。

つまり、京都の北野天満宮には「通りゃんせ」に出てくる道があるというのです。

童謡「かごめかごめ」や「通りゃんせ(とおりゃんせ)」といえば、都市伝説なんかで話題になる有名な童謡です。

徳川埋蔵金伝説なんかとも関連づけられたりもしますが、謎の多い歌詞がそういった話のもとになっています。

「とおりゃんせ」は北野天満宮へ参拝しに行く歌という説

「とおりゃんせ」は北野天満宮へ参拝しに行く歌という説

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

この歌詞の中で不思議な一節が「行きはよいよい 帰りはこわい」です。

この部分が「」だとされており、色々な憶測を生んでいるのですが・・・・

実は「北野天満宮への参道」と、帰りに使われていた「紙屋川(裏参道)」に関係があるというのです。

行きはよいよい 意味は?


歌詞の中にある「天神さまの細道じゃ」は北野天満宮への参道のこと

歌詞の中にある「天神さまの細道じゃ」は北野天満宮への参道のこと

温泉担当によると、歌詞の中にある「天神さま」は、天神信仰(てんじんしんこう)の菅原道真のことを指すと言います。

菅原道真といえば、京都の北野天満宮です。

そこへ至る道(細道)というのは、いわゆる「参道」のことなのです。

御前通は参道へ向かう道でした

御前通は参道へ向かう道でした

現在の道でいうと「御前通」のことです。

御前」というのは天神様の前の道(参道)のことなわけです。

帰りはこわい 意味は?


「帰りはこわい」とされた当時の風景が残るお土居堀

「帰りはこわい」とされた当時の風景が残るお土居堀

江戸時代には、北野天満宮は学問の神様というのが一般的な見方だったようですが、本来は菅原道真の怨霊を鎮めるために社殿が造営されたのが始まりです。

だから、行きは良くても帰りは怖いという話になったのでしょうか?

温泉担当によれば「怖いのは菅原道真の怨霊ではなく帰り道」だったというのです。

温泉担当 「かっ!カッカカ!帰り道はお土居堀から紙屋川脇を通るルートで寂しかったんだな!( º言º)」

帰り道は「裏参道」である「お土居堀~天神通」を通ったとされています

帰り道は「裏参道」である「お土居堀~天神通」を通ったとされています

現代では、北野天満宮の社殿を参拝して、そのまま参道を戻る方が多いのは当たり前です。

しかし、童謡が成立したとされる江戸時代には・・・・

社殿の西にある「お土居堀」という紙屋川(天神川)の道を通って、現在の「天神通」から帰ったというのです。

ここは平安京の時代には大内裏のあった都の中心部でしたが、豊臣秀吉の時代には御土居のあった洛中の西端です。

お土居堀のある紙屋川のところは、今も寂しい感じの雰囲気が残っていますし、大将軍神社付近も江戸時代には林や藪の多い場所で、大将軍神社の南にあった大将軍村も畑や林に藪の中にお寺が散在していた土地でした。

そのため、表参道よりも裏参道は・・・・

かなり寂しい場所だったのです。

「とおりゃんせ」の道と北野天満宮 まとめ


「とおりゃんせ」は北野天満宮へ行く道は賑やかだけど、帰り道は寂しいという意味の歌だった?

「とおりゃんせ」は北野天満宮へ行く道は賑やかだけど、帰り道は寂しいという意味の歌だった?

童謡「通りゃんせ(とおりゃんせ)」に出てくる道は、Wikiでは「神奈川県小田原市の菅原神社」や「埼玉県川越市の三芳野神社」であるという説が掲載されています。

そして、その歌に含まれる意味は解明されていません。

しかし、温泉担当がいうには、童謡「とおりゃんせ」は、北野天満宮へ行く道は賑やかだけど、帰り道は寂しいという意味の歌だったというのです。

・童謡「とおりゃんせ」に出てくる「天神」は北野天満宮
・行きは参道を通るので寂しくない
・帰りは裏参道を通るので当時は寂しかった
・行きはよいよい帰りは怖い=寂しいという意味

この話は、Wikiにも掲載されていない話です。

では、これは温泉担当が勝手に解釈したものなのでしょうか?

いえ違います。

この話は、京都を案内するプロの方なんかは知っている話なのです。

もちろん、これは諸説あるので、この話が真実かどうかは分かっていません。

しかし、かなり信憑性のある説だとは思いませんか?

追記:一の鳥居はなぜ東側にあったのか?


かつての一の鳥居は、今の鳥居が向く方角にありました

かつての一の鳥居は、今の鳥居が向く方角にありました

我々は相変わらず、以下のTweetを見逃しませんでしたよ!

かつて「一の鳥居」があった場所は、現在の上京警察署の南側でラーメン店「誠養軒」の付近です。

この疑問は、現在の「御前通」の延長線上に「なぜ鳥居がないのか?」という疑問なわけです。

これに対して、うちの困ったちゃん温泉担当は「当然の疑問にゃ」と言いつつ、こう言ったのです・・・・

温泉担当 「と!トットト鳥居の位置は常に参道にあるとは限らないんだな!」

一般的には社殿に向かう正中は鳥居を通ると思うけど?(写真は平野神社)

一般的には社殿に向かう正中は鳥居を通ると思うけど?(写真は平野神社)

多くの神社では、社殿に向かう参道(正中)に鳥居があると考えるのが普通かと思います。

しかし、温泉担当が言うには、そうではないパターンもあるというのです。

温泉担当 「昔の一の鳥居は天神さんの東側にあって・・・・・」

かつて「一の鳥居」があった場所

かつて「一の鳥居」があった場所

話が長かったので、かいつまんで説明するとこういうことです。

・かつて「一の鳥居」は誠養軒や七味屋さんのある付近
・古くは北野天満宮の境内でもあった
・かつて「一の鳥居」は境内の東側に存在した
・理由は寺があったから
・寺がある場合は鳥居は東側に作られる

かつての一の鳥居の場所

かつての一の鳥居の場所

要するに「御前通」の本来なら鳥居があっても良さそうな場所には寺があったのですが、そうなると鳥居は東側に作られることがあるのです。

ちなみに、鳥居の近くには七味屋があることが多いのですが、今も旧鳥居の場所に七味屋さんがあるのは当時の名残です。


京都の秘境案内「京都秘境ハンター」。京都の知られざる名所を開拓し、それを参考に観光開発や起業が行いやすくすることが目的です。地元経済への貢献も目標となっています。京都の起業家や行政担当者の方は、ぜひ参考にしてください。


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