長野で見つかった農具が幻の秘密兵器 登戸研究所

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11/26放送のNHK『所さん!大変ですよ』で信州・長野で見つかった農具が幻の秘密兵器だったという内容が放送されます。これは、長野県に疎開した「登戸研究所」が開発していた秘密兵器関係だと思われ、それが戦後に農機具に使われていたのだと推測されます。

登戸研究所は、終戦間際に長野県に移転して、松代には大本営が構築されました。旧日本軍は本気で一億総決戦を本土でやろうとしていたのです。

信州・長野で見つかった農具が幻の秘密兵器だった


11/26放送NHK『所さん!大変ですよ』で、信州・長野で見つかった農具が幻の秘密兵器だったとする企画を放送します。タイトルは「まさか…愛用の農具が“幻の秘密兵器”だった!?」です。

この放送は、事前に結構な話題になっているようで「どこなの?」という興味を誘っているようでした。

2015-11-23_131345

そこで、うちの極右二人組である温泉担当と政治担当に、予告に映っていた建物の写真を見せたところ、無駄に博識の温泉担当が「いやぁ、これ内緒ではないんですけどね・・・・」と重い口を開き語り出しました。

温泉担当「これ、登戸研究所ですよ」と・・・・

なお、誤解なきように書いておきますが、温泉担当と政治担当はどちらも反米という昔ながらの右翼でネトウヨではありません。

登戸研究所

『所さん!大変ですよ』の予告では、以下のように書かれていました。

今年5月、信州の小さな町で長年愛用されてきた農具に信じられない秘密があることが分かった。何と戦争中の“幻の秘密兵器”ではないかというのだ。その真相は?

つまり、信州の小さな町で見つかった農具が「幻の秘密兵器だった」という話なのです。

しかし、登戸研究所神奈川県川崎市多摩区生田にあった研究所です。

現在の明治大学生田キャンパスで、最初のストリートビューは「五号棟跡地」(現36号棟)です。ここでは中華民国の贋札(偽札)の開発を行っていました。

場所が異なると思い確認したところ、登戸研究所は終戦間際に長野に疎開をしていました。

長野の登戸研究所

登戸研究所の一科と二科は、1945年1月(昭和20年)に長野県に疎開しています。(5月という話もあります)

正確には「長野県駒ケ根市中沢地区」で、中沢国民学校(現在の駒ヶ根市立中沢小学校)に疎開していました。

第一科:電波兵器、気球爆弾、無線機、風船爆弾、細菌兵器、牛疫ウイルス(長野県伊那に疎開)
第二科:謀略戦用兵器(長野県伊那に疎開)
第三科:経済謀略戦用兵器(紙幣の偽造)
第四科:研究内容不明

研究内容を見ると、長野で秘密兵器の開発をしていたことが分かります。

それが、今回発見されたという農具に使われていたのでしょう。

ちなみに、第三科は「紙幣の偽造」を行っており、中国経済を大混乱に陥れようとして、30億円にも相当する偽札を中華民国で使用するなどの謀略作戦を行っていました。(戦時資材の購入で使ったそうです)

長野県駒ヶ根市中沢4036

岩畔豪雄(いわくろひでお)


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予告映像では集合写真も映っていたのですが、これも見せたところ、眼鏡をかけた人物が「登戸研究所」の設立者である「岩畔豪雄(いわくろひでお)」に似ているとのことでした。

旧日本陸軍少将
陸軍中野学校の設立者
京都産業大学の設立者で元理事

念のため、裏をとったところ、大月陸雄(中央)と伴繁雄(右)は確認がとれましたが、左の眼鏡をかけた人物は不明でした。

この両名も「登戸研究所」のキーパーソンで、伴繁雄は戦後に『陸軍登戸研究所の真実』を書いて、戦時の闇を暴露しています。

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陸軍登戸研究所の真実

幻ではなかった本土決戦

長野県に登戸研究所が疎開したと書きましたが、これは終戦間際の「本土決戦」と密接に関連しています。

長野県埴科郡松代町には「松代大本営跡」という有名な史跡がありますが、当時の旧日本陸軍は本気で本土決戦を考えて、最終の大本営を長野県に構築していたのです。

その痕跡は「象山地下壕」などに現在でも残っています。

詳細は明治大学の資料が詳しいです。

長野で見つかった農具が幻の秘密兵器とは?


予告では、30センチほどの金属棒が発火する様子が映っていました。

2015年5月に信州の小さな町で見つかったという農具に使われていた部品とのことです。

「株式会社生垣製作所」という会社が、戦時中に「登戸研究所」の指定工場で、長野県上伊那郡飯島町に一緒に移転した記録があるのですが、そこの工場は戦後に農機具や鍋に釜を製造したりしています。

戦時は「通信機器類」の部品を製作していたそうです。

で、長野に疎開した「一科」と「二科」ですが、開発兵器でよく言われているものには以下がありました。

一科:電波兵器、怪力電波(く号兵器)、人工雷(ら号研究)
二科:生物化学兵器、防諜器材、耐水・耐風マッチ、枯葉剤

この中で発火する物は「人工雷」か「耐水・耐風マッチ」の可能性があります。しかし、どちらも農機具に流用できるものでもなさそうです。

しかし、実際にはもっとたくさんのものを開発しており、「時計式時限装置一号」というものもあります。

これは、電気式点火装置のことで、針のような棒状のものでした。たぶん、これのことなんじゃないかなと推測しています。

農機具のエンジンのスターターなどで使われていたのかもしれません。

実際のところは、11/26放送『所さん!大変ですよ』を楽しみにしておきましょう。

実際の放送では「燃える棒」だった


実際の放送では、金属棒ではなく「燃える棒」が映っていました。

農具として開発されたものではなく、農家の方が火をつけるとすぐ燃えて、水で消しても、またすぐ着火する不思議な棒であったことから、蜘蛛の巣を燃やすために使っていたようです。(それを農具とテレビで表現してました)

登戸研究所では徹底的に開発兵器は処分されたとのことで、これは大変珍しいものだと学者が言っていました。

で、この「木製の燃える棒」の正体ですが・・・・

敵軍の基地を燃やすための攪乱兵器だと推測されていました。

材料は松ヤニなどの植物性油脂とのことで、当時の日本軍はこんな「燃える棒」も必要としていたとのことで、本土決戦に向けて国民に大量の燃える棒を持たせてゲリラ戦を行うことも考えていたんだろうと推測していました。

戦争というのは、本当に狂気としか言いようがありません。

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