明智憲三郎「新説 本能寺の変 434年目の真実」世界ふしぎ発見

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明智光秀の子孫である明智憲三郎さんの歴史検証が、7/9放送『世界ふしぎ発見!』の企画「新説 本能寺の変 434年目の真実」で紹介されるようです。予告では、明智憲三郎さんが映っており、まず間違いないでしょう。明智憲三郎さんは『本能寺の変は変だ』などの書籍を出している歴史家です。

では、今回の放送ではどんな内容が紹介されるのでしょうか?

新説 本能寺の変 434年目の真実


7/9放送『世界ふしぎ発見!』では「新説 本能寺の変 434年目の真実」が放送されます。

かなり興味深い内容ですが、実はこれには原本があります。

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織田信長 四三三年目の真実 信長脳を歴史捜査せよ!

本能寺の変 431年目の真実』(2013年刊行)、『本能寺の変 433年目の真実』(2015年刊行)で、作者は明智憲三郎さんという歴史家かつ情報処理の専門家です。

平たくいうと、明智光秀の子孫です。

幻冬舎から出ている書籍ですが、最新作は文芸社から出ている書籍『本能寺の変は変だ』という書籍です。

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「本能寺の変」は変だ! 明智光秀の子孫による歴史捜査授業

今回放送される内容は、これらの書籍で展開されている明智憲三郎さんの歴史捜査の内容の最新版が出てくると思われます。

四国説を否定


四国

テレビでご覧になった方も多いと思いますが、2014年の7月にNHK『歴史秘話ヒストリア』で「足利義昭やイエズス会牧師の黒幕説」が放送されました。

また、2015年2月にも同番組で「日本史を変える10の発見」という放送があり、その中で「四国説」という新説を紹介しました。

「四国説」では、織田信長が同盟関係にあり土佐を平定(1975年)した長宗我部元親に対して、四国の領地を明け渡すように要求したことが「本能寺の変」につながったという説です。

長宗我部元親と明智光秀は親戚関係にあり、信長と元親の同盟の率役者である明智光秀が納得しなかったからというものです。

2015年2月の「日本史を変える10の発見」では、それを裏付ける資料として明智光秀が信長と元親の戦争を止めようと奔走していたことが紹介されました。

しかし、明智憲三郎さんは異議を唱えます。

長宗我部元に敵対する三好康長が織田信長に服属


本能寺跡

この「四国説」を否定するのが、織田信長が強硬に長宗我部元親の攻め入ろうとしていたのは、長宗我部元親と敵対関係にあった三好康長が織田信長に服属したからという説です。

これが、織田信長の四国政策の転換となったとする説ですが、要するに織田信長は長宗我部元親を裏切ったわけです。

当然、元親と親戚の明智光秀も冷遇されていくことになります。

そこで、明智光秀は一族を守るために「本能寺の変」を起こしたという説です。

武将の論理


明智憲三郎さんは、戦国武将というのは感情では動かないと主張します。

すべてが戦国時代で培った経験やノウハウで決まるといいます。

つまり、明智光秀も一族を守るために、戦国時代のお作法に従ったという話です。

明智光秀が織田信長に冷遇されて、悔しかったという「怨恨説」も気持ちとしてはあるのでしょうけど、大事な決定は感情では決めないと明智憲三郎さんは主張します。

生物には種を守るというのが本能的にあるのですが、当時の戦国武将も正義や悪という理屈ではなく、種を守るために動いていたわけです。

スペインに残る古文書に記された信長最期の言葉


予告では「スペインに残る古文書に記された信長最期の言葉」と記されています。

当時の文献ではポルトガルのイエスズ会宣教師であったルイス・フロイスの書物『日本史』が有名ですが、それではありません。

スペイン商人アビラ・ヒロンの『日本王国記』に記されている信長最後の言葉のことです。

それによると、信長は「自ら自分の最後を招いてしまったようだ」と後悔の言葉のようなものを残していると書かれているのです。これは、当時の噂として日本で言われていた話とも記されていますが、信長の小姓であった黒人男性が本能寺の変から生存しており、その言葉を伝えたというのが明智憲三郎の研究成果で、ヒロンの書いた内容は信頼できるとしています。

有名な信長最後の言葉は「是非に及ばず」ですが、これは『信長公記』に書かれた本能寺にいた女中の証言から言われている話です。これも実際に信長が言ったとされる言葉ですが、通説の「是非に及ばず」=「仕方がない」というのは正しくないと明智憲三郎さんは主張しています。

「是非に及ばず」というのは良いも悪いもないということで、徹底抗戦してやるという意味なのです。

つまり、信長はなぜ本能寺の変が起きたのか分かっていたし、それに対して徹底抗戦すると主張していたというわけです。

ここでも「武将の論理」で信長は動いているわけです。

つまり、明智光秀も織田信長も自分を守るために努力し、それを阻害するものがあれば徹底抗戦する道をも選ぶ戦国武将だったことになります。

明智憲三郎「新説 本能寺の変 434年目の真実」まとめ


さて、こういったこれまでの通説とは異なるものの、歴史を緻密に検証した明智憲三郎さんの研究成果が、7/9放送『世界ふしぎ発見!』では「新説 本能寺の変 434年目の真実」が放送されるわけです。

それらは、2016年5月に文芸社から出版された『本能寺の変は変だ』という書籍に書かれています。

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「本能寺の変」は変だ! 明智光秀の子孫による歴史捜査授業

テレビを見て、興味を持って、本を読んでみると、理解が深まって良いかもしれませんね。

世界ふしぎ発見 7/9 予告


世界ふしぎ発見 7/9 予告は以下のとおりです。


戦国最大のミステリー本能寺の変。いまだ解かれざる事件の真相を明智光秀の子孫が解明!?すべての謎を解く鍵はスペインに残る古文書に記された信長最期の言葉だった!

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