映像’15なぜペンをとるのか~沖縄の新聞記者たち

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9/27に関西ではMBS毎日放送のドキュメンタリー『映像’15なぜペンをとるのか~沖縄の新聞記者たち』が放送されました。沖縄最古の新聞社『琉球新報』に密着したドキュメンタリーです。『琉球新報』は与党・自民党から敵視されるという新聞社ですが、記者たちが何を考え記事を書いているのか、そして新聞の本当の役割とは何かという精力的な取材を行っており、素晴らしいドキュメンタリーとなっています。

作家の百田尚樹も「沖縄の新聞2紙は絶対潰さなあかん」とネトウヨからも敵視される新聞社『琉球新報』と『沖縄タイムス』は米軍基地に対して縮小を主張し、辺野古移設についても反対の論陣をはっています。

ドキュメンタリー映像’15


たまに書いてる政治担当です。

関西には関西ローカルでMBS毎日放送が制作するドキュメンタリー番組『ドキュメンタリー映像’15』という番組があります。

30年続く良質なドキュメンタリーを輩出してきており、報道とはマスコミとはどうあるべきなのかを根本から教えてもらえる番組です。

私もマスコミの専門教育を7年間ほど受けていますが、マス・メディアとは常に市民目線で事実の探求を行い、権力に屈しない(宣伝機関とならない)姿勢であるべきだと考えていますが、『ドキュメンタリー映像’15』も「地域に密着したドキュメンタリー」を作り続け、数々の報道賞の最優秀賞を受賞してきた番組です。

ペンをとるのか~沖縄の新聞記者たち~

今回、9/28深夜に報道される『ドキュメンタリー映像’15』では、同じように沖縄で市民目線で記事を書く沖縄最古の新聞社『琉球新報』に編集部にカメラが入って密着ドキュメンタリーを制作していました。

「報道とは公正であるべき」

そのように与党・自民党は言いますけど、私はそうは思いません。

「報道は事実を伝え批判すべき」

だと思います。

それも、強大な権力に寄り添うのではなく、常に権力に抑圧される人々を主人公に扱うべきだと考えています。

今回の『ドキュメンタリー映像’15』で取材された『琉球新報』の記者も、「公正であるべきではなく権力に抑圧される市民目線でありたい」と語っていました。まさしくその通りだと思います。

米軍基地縮小
辺野古移設反対

鋭い論調で日米政府に挑む沖縄の新聞社。
「沖縄の2つの新聞は潰さなあかん」、自民党議員たちの懇談会で人気作家がこう発言した背景には、名護市辺野古の米軍基地建設をめぐる安倍政権の苛立ちが見え隠れする。権力に噛み付く「紙ハブ」と呼ばれてきた『琉球新報』。いま政権与党から敵視される新聞は、日々どんな思いで、なにを目指して記事を書いているのだろうか…。今回、番組では『琉球新報』の編集局にカメラを入れ、1か月にわたって取材の様子と紙面づくりまでの動きを追った。眼光鋭い強面記者の集団かと思いきや、そこは笑いが絶えない自由な職場だった。休日は戦跡をめぐり、旧盆はエイサーに参加する記者たち。ペンを武器にと駆り立てる理由。そこには戦争から今日まで70年間積もってきた沖縄の人々の「思い」に寄り添う記者たちの姿があった。新聞とは、メディアとは、どうあるべきなのか。沖縄の新聞作りから考えてみたい。

南の島に残る惨めな戦争の記憶

沖縄というか南の島では未だに戦争の傷跡が残っており、未だ戦争の記憶を持った人々がいます。

私も見に行ったことがあります。

1980年初頭に、グアムやハワイ、旧トラック諸島(現チューク諸島)、旧ニューヘブリディーズ(現バヌアツ)、ニューカレドニア(フランス植民地)などを巡り、戦跡を見て回りました。30年以上前の話です。

そこには、旧日本軍の敗残の記憶が多数残っていました。

海に沈むゼロ戦。揚陸艇。豆鉄砲みたいな旧日本軍の戦車にトーチカに洞窟に大砲など、どこにでもあるくらいに残っていました。

そして思ったのは「日本がどれだけ無謀な戦争」をしたのかということと、なぜ「それを良しとした世論が形成されたのか」という疑問でした。

行ったのは1980年で、ニューカレドニアはその5年後にフランスから独立する内戦が起きています。

自分のために戦うのが戦争


そこで見たのはただの残骸ではありません。目を背けたくなるような敗走の記録と飢餓と破壊でした。

沖縄や硫黄島も激戦地でしたが、当時の日本は今では想像を絶するような広範囲に領土を持っていました。南方はるかオーストラリアの右隣にあるニューカレドニアやニューヘブリディズはアメリカ軍の前線基地でしたが、フィリピン東にある旧トラック諸島には旧日本軍の拠点があったこともあり、戦車(小さい豆砲塔の戦車)の残骸やトーチカに海に沈む戦闘機や砲台などがたくさんありました。

強い時や勢いのある時は良いのかもしれませんが、負ける時の代償は大事な命と引き換えになるのが戦争です。国を守るとか家族を守るとかいえば聞こえが良いのでしょうけど、命令はぬくぬくと戦いもせずに甘い汁を吸っている政治家などの権力者から来るものです。

以下はトラック諸島です。こんなはるか彼方に浮かぶ島を守ることに疑問を持った兵士はたくさんいたことでしょう。

ここを守ることに、自分の命をささげることは必要なことだったのでしょうか?

戦争は勇ましいものではなく、武器はカッコいいものではない


戦争は命の取引であり、武器は命を奪うものです。

それを勇ましいとかカッコいいという時点で、歴史を知らない学ばない者でしかありません。

たしかに敵がいれば身を守る必要はあるでしょう。

しかし、相手を挑発する必要はありませんし、戦争や武器や兵士を勇ましいとかカッコいいとか言う必要もありません。

私には、そのような行為をする日本人は中国人や韓国人に見えます。

『琉球新報』の記者が涙ながらに語ったこととは


『琉球新報』の記者が涙ながらに語ったこととは「悲惨な戦争を忘れてはいけない」ということでした。

今の戦争を体験していない戦争賛美のような人々は、いざその身に戦争が降りかかっても、敗戦し命を奪われることになるそのときにも勇ましいセリフを吐き続けることはできるでしょうか?

できないなら言うべきではないでしょう。

いや、勇ましい発言も無責任で他人に迷惑をかけるものであれば言うべきではないのです。

それはいったい何のためにやっているのですか?

私は『琉球新報』が偏向報道とはまったく思いません。まっこうからマスメディアの使命を守っていると思います。

そして、百田尚樹が言っていることは、私が小学校二年生くらいまで政治的主張していたことで、不勉強で何も知らない年齢の頃のことと同じです。

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