愛媛県四国中央市金生町山田井にある円形敷地の建物が『ポツンと一軒家』で紹介

2019年9月29日放送の『ポツンと一軒家』で愛媛県四国中央市金生町山田井にある円形敷地に建つポツンと一軒家が紹介されるそうです。金生町山田井は安徳天皇が源平合戦で敗れる直前に隠遁した土地、その地から近い山中にあるポツンと一軒家です。

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愛媛県四国中央市金生町山田井にある円形敷地の場所はどこ?

2019年9月29日放送の『ポツンと一軒家』で、愛媛県の山頂付近にあるポツンと一軒家が紹介されるようです。

予告では香川県と愛媛県の県境にあり、円形の施設には畑らしきものと近代的な農作物小屋、さらに複数の家屋が見られる建物です。

香川県側の集落である香川県観音寺市大野原町海老済から約3kmの距離のところにあり、建物のある愛媛県から香川県までは細い林道が微かに存在するのが衛星写真で確認できます。

今回『ポツンと一軒家』の調査隊が向かったこの場所は・・・・

愛媛県四国中央市金生町山田井

です。

愛媛県四国中央市金生町山田井ってどんなところ?


山田井は壇ノ浦で敗れる前の安徳天皇が隠遁した地(壇ノ浦・平知盛 像)

山田井は壇ノ浦で敗れる前の安徳天皇が隠遁した地(壇ノ浦・平知盛 像)

愛媛県四国中央市金生町山田井は平家の落人が住んだ隠れ集落で、安徳天皇が隠遁生活を過ごした場所と伝説が残るところです。

ただ、今回は『ポツンと一軒家』の調査隊は香川県側からアクセスを試みたようです。

それはそれとして、この「山田井」には安徳天皇のゆかりの地が数多く残っています。

安徳の宮(下谷八幡神社・上の宮)
安徳の渕(淵)
安徳の窪 ← 安徳天皇が隠遁した地
安徳の滝
国指定重要文化財 真鍋家住宅

安徳天皇は源氏と平家の最終決戦「壇ノ浦の戦い」で源氏に負けて壇ノ浦で入水をした人物です。

数え年で8歳、現在の年齢でいうと6歳の幼い天皇です。

壇ノ浦の戦いの前、一の谷の戦いに敗れた安徳天皇一行は徳島県の祖谷(いや)に逃れ、源氏の追跡から逃げながら「安徳の窪」に半年ほど住んでいたとされています。

愛媛県四国中央市金生町山田井の切山地区には「真鍋家」という450年前に建てられた愛知県最古の民家が復元されて残っています。

ここは安徳天皇を守った五士のひとり真鍋次郎清房が先祖とされる一族が住んでいたとされるところでもあるのです。

壇ノ浦の戦いに敗れる1年ほど前に、安徳天皇がこの「山田井」に住んでいたのは真鍋家住宅の存在からも明らかなのかもしれません。

ポツンと一軒家 2019年9月29日 予告


ポツンと一軒家 2019年9月29日 予告は以下の通りです。

愛媛】捜索隊が地元の方に一軒家へのルートを聞くと、2つあるとか。安全な25kmの道か、山越え3kmの道。迷った末に山越えルートを選ぶが、この判断が恐ろしい事態を招く!すぐ道幅が極端に狭くなり、崖沿いの道はタイヤがはみ出しそうに!すると…、なんと道が途絶えた!捜索隊はどうするのか?

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